勝茶140SS①

「貴方の心臓が欲しい」
「爆豪くんの心臓が欲しい」何言ってんだ。言葉にはせず視線で訴えると、丸い瞳がゆっくりと瞬いた。まっすぐ俺の心臓を見て、麗日は言う。「だって、心臓握っとったら、無茶しそうな時にすぐ止められる」包帯の上から触れる。殺してでも止めたかったと、囁くようにそう言った。胸に刻まれた傷が疼く。

「大人しく降参して」
いい加減に白旗を振ってしまえ。どうしていつもそうなのだと、負けず嫌いに詰め寄った。眉間に皺を寄せ、それでもまっすぐこちらを見る。「誰が認めるか、間抜け」ため息を飲む。額を額にぶつけてやる。瞳が僅かに逸れた。惚れた者負けなんてものを真に受けるなんて、どちらがマヌケかわかりやしない。

「わかったか、あほ」
髪の毛の表面を、彼の指が滑る。何が起きているのやら。混乱して思わず見上げる。いつも通りの表情で、爆豪勝己はそこにいる。ただその指だけが普段とは違っていた。髪のひと房を掬いとって、悪役のように笑う。手の甲が私の頬を撫で、指先が去っていく。心臓がばこんと鳴った。「わかったか、アホ」

「名字を捨ててあげようか」
「俺が捨てる」驚いた。唐突に彼が言ったのも、捨てるという言い方も。それではまるで彼の名字が変わるみたいだ。「テメェに捨てさせんのは癪だ」否、ずばりそう言っているらしい。とっくの昔に決めていたという顔だ。「ウララカカツキって、しまらんねえ」「漢字にすりゃ多少マシだろ」二人で笑った。

「誰にも渡さない」
「アホ面が言うには」珍しく酔って帰った彼が言う。「俺は、テメェがカワイイんだと。だから誰にも渡さねえんだと。んなわけねえだろが、脳みそ溶けてんのか」俺はただ。聞き取れたのはそこまでだ。恋する男は眠ってしまった。全体重でのしかかられて苦しいが、なるほど、これが愛の重さであるらしい。

「死ぬまでの君を全てください」
全部あげたっていいと思ったけれど、どうしても渡せないものがある。怒るだろうか悲しむだろうか、そのどちらも想像出来ない。強いていうなら彼は。「ウラビティだけはあげられんよ」それでもいい? 続ける前に彼は想像した通り、「要らねえわ、クソモブ共にでも食わしてろ」不敵に笑ってそう言った。

おだいなし
突然触れてきたので何をするかと思えば、手のひらを重ね合わせて首を捻る。「爆豪くんの手、大きいし分厚いよね。私とこんなに違うんよね」何を今更。爪の形も皮膚の硬さも個性による特性も、何もかもが違う。「ここまで違うのに一緒に居たいって思うのは、本能的なあれなんかな」ふわり、体が浮いた。

「お腹いっぱい君をください」
作ってやるとやけに嬉しそうにする。いただきますで笑顔になり、時にはおかわりを求め、ごちそうさまで満足げに目を細めるのだ。なのに今日はしかめ面で。「……幸せ太りって、あるやんか。まさにこういうことなんやなって思って……」単に食いすぎだ馬鹿が。幸福で太るのなら、今頃俺は肉達磨だろう。

「寄るな、色男」
三割増しで格好良く見える日がある。目に入るだけで眩しくて、近寄るとお腹がざわざわ騒ぎだす。切なさすらこみ上げてくるのだからたまらない。「おい、晩飯何に」「ちっ近寄らんで! 格好良いから!」「は?」「それ以上寄ったらハグする!」沈黙の後、手を広げて迎えられる。切なさだけは霧散した。

「諦めきれない」
どうでもいい。画面越しのあいつは他人でしかなく、元からそこまで親しくもなく、互いに対する興味もなく、なんならあちらは忘れてすらいるのではないか。それはそれで腹が立つが、どうでもいいことだ。だというのに。「久しぶり! どうしてるか気にしてたんよ」一瞬でブチ壊しだ。責任とれやクソ女。

「覚めたくない夢」
両手を突き上げ勇ましく叫ぶ。喜びの咆哮。目線を少し下げると、そこには場外負けとなったライバルが悔しがっていた。「あの爆豪くんに! 勝った!」もう一度、よっしゃーと叫ぼうとして目が覚めた。見慣れた天井、隣には深く眠る件の彼。「……勝ちは勝ちかな」うん、惚れさせた者勝ちということで。

「うん、知ってる」
笑顔で言うな、笑顔で。こめかみがびしりとなった気がする。なんとも呑気で幸福満点の顔がふわふわ笑っている。「……俺は知らねえ」「うん、でも私は知っとるもん」嘘つけ、声は出ない。なんせ事実である。「爆豪くんが私のことだーいすきなのなんて、とっくの昔に知っとるよ!」知るか、認めねえぞ。

「幸福な朝」
「おはよう! ごめん勝手に色々、ええと洗面所とか色々使った! 遅刻やばい私行くね!」泡でも吹きそうな勢いで準備して、慌ただしく玄関から飛び出そうとするのをとっ捕まえる。「ちょ、遅刻」「何に」「へ?」「テメェ昨日、振替休日っつっただろが」「……あっ」だから泊めたのだ。誰が行かせるか。

同題
 「アホ」返す言葉もない。引っ掴んで行こうとした鞄を床に置く。準備が全部無駄になってしまった。「飯は」「食べてない……」「色々ってなんだ」「洗面所とトイレ……」「ンなもん勝手に使え」「はい……」ふん、鼻を鳴らす音。顔を上げると顰め面。「映画か水族館」「ッ水族館!!」なんと幸福な朝!

 

使用お題元:140文字で書くお題ったー