「ねえお兄ちゃん聞いてちょうだい、ジーニーったらひどいのよ! 私とお兄ちゃんのこと、全然似てない正反対な兄妹だっていうの! 髪の色も髪の癖も、顔だって全然似てないっていうのよ! 腹が立って私、確かにお兄ちゃんと私はそこだけなら全然似てないけど、似てるところはちゃんとあるって言ってやったのよ! 目の色とか、笑った顔とか、我ながらそっくりじゃない?! そしたらあの子なんて言ったと思う?! それだけ?って!! それだけ? って笑ったのよー!!」
「とりあえず落ち着けよ……」
部屋に入るなりまくしたてる妹の話を、レオナルドは最後まで黙って聞いてやった。ほとんどノンブレスで言い切って肩を上下させていたミシェーラは、兄の言葉に大きく息を吐く。
ジーニーというのは、ミシェーラのクラスメイトだった。レオナルドも何度か会ったことがある、黒い髪の生意気そうな女の子だ。
「……ふう。落ち着いたわ。でもお兄ちゃん、私怒ってるのよ。悔しくて悔しくて!」
「うんうん、わかったわかった」
「わかってない!」
すっぱり言い切ってミシェーラは頬を膨らませる。腕を組んで眉間を寄せるその仕草は、どこかで見た事があるなと思ったら怒ったときの母とおんなじだった。それに気がついて笑ってしまって、余計に彼女の怒りを買った。
「お兄ちゃん!」
「はいはい。別にいいじゃん、似てなくて」
「だって馬鹿にされたのよ? 似てないねププーッて言ったのよ!」
「そりゃね。ジーニーのところは双子だから、そこと比べたら俺たちなんて全然似てないよ」
「そういう問題じゃなーい!」
テディベアが宙を舞う。リズと名付けられた彼女を顔面で受け止めて、レオナルドは「うぶ」と呻いた。じゃあどういう問題だ、と聞き返そうとしたちょうどそのとき、部屋の扉がノックされた。
「なんの騒ぎだい? 兄妹喧嘩? リビングまで声がするよ」
「父さん。喧嘩は喧嘩だけど兄妹じゃないよ、ミシェーラとジーニー」
「ジーニー? ……そのベア?」
「違うわ! クラスメイト!」
はじめの勢いとほとんど同じに、ミシェーラは父にもまくしたてた。レオナルドは隣で再び話を聞いて、やはりなにがそんなに不満なのかわからず、腕に抱えたリズと目を合わせる。ねえリズ、我が家のお姫さまはなんであんなに怒ってるんだろうね。兄妹と同じく青い瞳をしたテディベアは、私に聞かないでちょうだいと言わんばかりだ。
「……というわけでね! ひどいでしょう?」
「うーん、そうだねえ」
「なのに、お兄ちゃんったらわかってくれないのよ! 他人みたいって言われたのによ?!」
「よくわかんないよ。ジーニーがなんか言っても、僕とミシェーラはきょうだいじゃん」
「うーん、そうだねえ」
「父さん!」
のんびり返事をする父に、ミシェーラは再び腕を組む。それを見た父が、少しの間のあと笑った。きっとレオナルドと同じことを思ったのだろう、しかしそうとは知らないお姫さまは、今度はペンギンのぬいぐるみを投げつけた。新入りの彼にまだ名前はついていない。父は彼を軽くキャッチして、隣に押し付けた。レオナルドはテディベアとペンギンを、埋もれるように抱きかかえた。
「父さんのそういうところ、お兄ちゃんにそっくり!」
「レオが父さんに似たんだよ。ミシェーラは母さんにそっくりだ」
あっ、まずい。
そう思って父を伺うが、父はにこにこと笑ったままだ。ひょっとしてわかっていないのだろうか。苛烈に怒っていたミシェーラは、父の言葉のあと肩を落として、今にも泣きそうに瞳を潤ませている。妹の涙に弱いレオナルドは、慌ててミシェーラの傍に駆け寄った。
「泣くなよ、ミシェーラ。ほら、こいつも泣かないでって言ってるぞ」
どうしたものかわからず、ぐすぐすと鼻を鳴らす妹の膝にペンギンを置く。まるっこかったペンギンは、ミシェーラに抱きしめられてくびれができた。続けてテディベアを置くと、まとめて抱き寄せられてペンギンは息苦しそうだった。もう大丈夫そうだと思って妹の頭を撫でると、袖を引っ張られて、レオナルドの腕はぬいぐるみたちと一緒にしっかり抱え込まれてしまった。
拗ねた顔をしてミシェーラは父を見る。レオナルドは斜めに傾きながら、潤んだ瞳を見ていた。
「……父さんも、私とお兄ちゃんは似てないって思うの?」
「いいや、君たちきょうだいはそっくりだよ。見た目はそうだな、レオはおじいちゃんに似て、ミシェーラは母さんに似たから、似てないかもしれない。でも、笑顔がとびきりかわいいところはそっくりだ。父さん譲りの瞳の色もね」
「そんなの、知ってるわ。……それだけ? 私とお兄ちゃんは、父さんから見てもそれだけしか似てないの?」
ミシェーラの腕に力がこもる。彼女を安心させてあげたいのに、レオナルドは斜めに傾いているからバランスが取れずに動けない。言葉もうまく出てこなくて、だから必死に父を見つめた。お願いだから泣かさないで、と気持ちを込めて、睨みつける勢いだった。
父は「怖いよ、レオ」とやっぱり笑って、それから青色の瞳を細めた。
「ミシェーラが熱を出した時、レオはすごく落ち込んで何度も『代わってあげたい』って言っていたね。レオが熱を出した時は、ミシェーラが同じことを言ってた」
そうなの? ミシェーラに視線を向けると、きょとんとした表情の彼女と目が合った。いつの間にか近くにいた父が、ふたりの髪を優しく撫でた。
「君たちは、お互いを想う気持ちがそっくりだ。それもとびきりいい方向にね。そこがそっくりなきょうだいは滅多といないから、二人は父さんと母さんの自慢なんだ」
レオナルドの癖が強く青みがかった髪と、ミシェーラの柔らかい茶髪を、父はぐしゃぐしゃに乱した。首が揺れるくらいに撫でられて、同時に「もうやめて!」と叫ぶ。タイミングはぴったり同じ。少し照れくさかったけれど、ぬいぐるみと兄の腕に埋もれたミシェーラが笑ったので、レオナルドは斜めに傾いたままほっと息を吐いた。