落ちたマグカップはそのままに、私は不動くんに詰め寄った。おいちょっと、と彼が焦る原因は床を濡らすコーヒーではなくて、私だ。
「ねえいま、なんて?」
「だから、会う時間減ったよなって」
不動くんはしどろもどろ、迷うように言葉を切り出し、赤い顔をふいと逸らした。他人からすれば珍しく、私からすれば幾度となく見た表情だ。その顔にさらに接近して彼の胸にしがみつくようにして立った。余計に焦った彼は少し足を後ろに動かして、けれど体重を預けている私が転ばないようにしっかり支えてくれている。
「それから?」
「それ、から」
彼は相当焦っていたけれど、私だって必死だったのだ。その言葉を何ヶ月、待ちわびたことか。
「それから、なあに?」
まっすぐに目を見る。逡巡していた瞳が私をとらえて、覚悟を決めた彼は私の肩を掴んだ。
緑色にひかる目で、私は射抜かれる。
「……一緒に、住みませんか」
ああ、もうだめだ。
目頭がじんわり熱くなって、ぼやけた視界に彼のぎょっとした顔がうつる。慌てた声で名前を呼ばれる。私は首を振った。違う、違うの、嬉しいの。とても。
「…家事の分担、考えなくてはね?」
笑顔でそう言ったときの、彼の心底嬉しそうな表情を、一生忘れられないだろうと思った。