夢を見ました、と剣城は言った。
「……先輩と、雷門のグラウンドでサッカーをしていました」
夢のなかでおれたちはまだ中学生で、あの黄色いユニフォームを着て、これこそが青春だと言わんばかりにボールを追って駆け回っていたらしい。懐かしい、あの頃は若かった。言うと剣城は息だけで笑った。
先輩、と剣城が呼ぶ。誰もいない電車内で二人、寄り添って座っていた。
「こんなふうにして眠るのは中学のとき以来だから、…たぶん思い出したんだと思います」
「そうかもな」
中学のときはよくこうして眠った。バスで隣同士に座ると、必ずと言っていいほど剣城は眠るのだ。目的地につく頃に起こして、ついたぞと告げるのが慣例だった。
「でも、寝てなかっただろ」
狸寝入り、と笑うと剣城は目をそらした。耳が赤い。わかりやすいやつ。
そのまま寝てしまったこともありました、と弁解のように剣城は言う。そして少しの間のあとに、ぽつりと呟いた。
「……安心、してしまって」
「ふはっ……それも知ってる」
おれはくつくつ笑って、剣城は余計に耳を赤くした。握る指に痛いほど力が籠められて、悪い悪い、と言いながらもう片方の手で甲を撫でた。
「……なあ」
「なんですか」
「次の駅、降りたら河川敷近いけど」
「え?」
肩に乗せられたままだった剣城の頭が少し浮いて、こちらを向いた。嬉しそうに顔を輝かせたあと、すぐにいつもの無表情に戻る。
「ボールがないです」
「買えば?」
「そう言って、いままでに二つ買ったじゃないですか」
「じゃあ……一回帰ってから」
「時間が」
「……行きたくねーの?」
「……行きたいですけど」
剣城は再びおれの肩に頭を乗せ、擦り寄るように左右に振った。せんぱい。呼ぶ声は甘えきっていてくすぐったい。
「あの頃の俺の夢、知ってますか」
「ゆめ?」
「寝たふりしたくなかったんです」
あの頃の剣城は(おれが言えたことではないが)素直でなくて、甘えるということをしないやつだった。ああ、そういうこと、とそっけなさを加えて呟く。剣城が上目遣いでこちらを伺って、くつくつ笑った。
「最近、先輩がどうしたら照れるか、やっとわかってきました」
「笑ってんじゃねーよっ」
額を指ではじいたところで電車がとまり、どこか間抜けな音と共に扉が開いた。肩から重みが消えかけて、裾を引いてやればまた元に落ち着いた。小さく聞こえる抗議の声に、愛おしい笑いを抑えながら、言う。
「寝たふりしてな」
さすがに絡めた指は外した。同時に乗客がちらほら乗り込んでくる。暑い暑いという声の中、剣城がゆっくり目を閉じる。
「……おやすみなさい」
小さくそう聞こえたのは気のせいかもしれない。そうして三分もしないうち、すっかり重たくなった肩から規則正しい呼吸が聞こえ始めた。
--安心、してしまって。
先の剣城の発言を思い出す。ざわざわとした喧騒のなかでも、隣にいて、触れてさえいれば安心するのだという。
つくづく欲のないやつだ。おれなんかなあ、と当時の心境を振り返り、ため息にして吐き出した。
おれなんかなあ、おれなんか、これだけじゃたりっこなかったんだよ。あの頃は。
すっかり毒されてしまったらしい。それとも歳を重ねたからなのか、そのどちらもなのか。
(……まあ、どっちでもいいか)
剣城が小さく身じろいで、その頭に首を預ける。
家の近所の駅まではまだしばらく時間があった。それまでの間、中学時代に楽しめなかったこの空間を、目一杯味わってやろう。