ネバーエンドはとうの昔

炬燵に体を預け、麗日お茶子は眠っている。先程までバラエティ番組を見ながらけたけたと笑っていたのに、まったく忙しないやつだ。
思えば自分といるときの彼女は、しょっちゅう眠っている気がする。それについて言及したこともあるが、「安心するからかなあ」なんて笑われてしまえば何も言えなかった。

「オイコラ、起きろ。寝るならベッド行け」

手を伸ばし、肩を掴む。適当に揺らしてやれば、んんと呻いて反対側を向いた。腹立たしく思いながら、しかしそれ以上はせず、騒がしいテレビを消す。

本日は正月、日付が変わって一月一日ーーではない。そんな日に、敵どころか市民すら羽目を外して騒ぐ日に、新米ヒーローである自分たちが休みを取れるわけがないのだ。大晦日から三が日までたっぷり働いて、ついでに疲れたヒーローの隙を突こうと動き出した敵を一掃するために四日も出勤し、やっと明日から少し長めの休日に入る、と息をついた午後七時半。へらりと笑った恋人は、得意げにブルーレイレコーダーのリモコンを掲げて言った。

「爆豪くんは歌とバラエティどっち派? 両方録れてるよ!」

曰く、年越しをちゃんと実感したいらしい。馬鹿らしいと思いこそするが、うきうきと年越し蕎麦の準備を始められては強く出られず。結局は彼女の隣に並んで仕度を手伝う運びとなった。惚れた者負けである。

「爆豪くんちがどんな年越しだったのか知らんから、今年は麗日家の年越しに付き合ってもらうことにしました。……て言っても、うちは社員さんも一緒に騒いでたからなあ、家族だけの年越しって滅多になかったや。晩御飯にお蕎麦食べて、あとは好きに騒いでテレビ見て、気づいたら年越してて今年もよろしくーって挨拶して、好きなタイミングで寝てたよ。だから……うん、とりあえずお蕎麦食べよう!」

言葉を挟む隙もなく麗日はそう言って台所へ立ち、呆れながらもその背を追った。
そうして出来上がった蕎麦を二人で食べてから、湯船に浸かってぽつりぽつりと昨年(彼女は頑なに”今年”だと言い張ったが、昨年は昨年である)の話をし、炬燵に菓子とみかん、飲み物を並べて簡素な『年越しパーティー』は始まったのだ。開始から一時間も経たずに、主催は眠ってしまったのだが。

「何が年越しだ、まだ十一時にもなってねえぞ」

ため息でつのる苛立ちを吐き出し、炬燵から出た。空になったコップを洗い、みかんの皮や菓子の袋を処分して、残るは大きな餅のような女のみだ。起こすのは諦めた、というよりも担いでいったほうが確実に早いのだ。この方が合理的だと思い、その言葉に母校の恩師の顔が浮かぶ。流石にあそこまではいかないが、その影響は如実に現れていた。

そっぽを向いた麗日の身体を、強く引いて自分にもたれさせる。炬燵から引きずり出し、膝裏に手を入れ立つ。勢いなどつけなくとも、軽い体は簡単に持ち上がった。慣れたものだ。

「……ん、爆豪くん」
「起きんな。めんどくせえから寝てろ」

すぐそばにある瞳が薄く開き、慣れているはずなのに心臓がどきりと鳴った。ガキかよと自嘲するが、なんせこうして触れるのも、先程のように風呂に入るのも久々だ。だから彼女の両手が伸び、首に回り、ぎゅうと抱きつかれた彼が固まったのも、仕方のないことだったのだ。

「……オイ。離せ」
「やだ」
「ヤダじゃねえわ、かわいくねえんだよ! 離せ!」
「やだ! 離さん! このままベッドまで行く!」
「アァ?!」

抱きつく、というよりはしがみつくと言ったほうが正しいのかもしれない。とにかく爆豪にへばりついた麗日は、このままベッドまで行く、そしてこのまま寝るのだと言って聞かなかった。ふざけんな寝れるわけねえだろと言ってしまえればよかったが、言えるはずもなく怒りとして吐き出す。

「いい加減にしろ! 大体テメエが年越しするっつったんだろ、サッサと寝てんじゃねえ!」

そして無理やり引き剥がそうとした時、爆豪は気がついた。抱えた体が、しがみついた腕が、小さく震えているのだ。どういうことだとすぐ隣の顔を見ようと首を回せば、髪の隙間から覗いた耳は真っ赤に染まっている。それで完全に気がついてしまった。頭が痛い思いだった。

「…………このアホ、ボケ間抜け!」
「そんな言わんでもええやん! 私だってこんな、こんななるとは思わなくて」
「にしてももっとわかりやすく来いや!!」
「そっ……?! そんなことして嫌われたくない!」
「嫌うわけねっ……だァクソが!!」

勢いのまま飛び出した言葉に、麗日が顔を上げた。いつも以上に赤く染まった頬、見開かれた瞳は潤んでいて、下がった眉からは困惑が伺える。不覚にも心臓が大きく鳴った。いつも通りの顔なはずなのに、何故か妙に色づいて見えた。

「……あの、爆豪くん、ちゅーしていいかな」

聞くんじゃねえ。内心で悪態をつきながら顔を寄せる。額を合わせたところで瞼が降り、唇を重ねた。触れるだけのそれはすぐに終わる、と思いきや彼女がそうはさせなかった。角度を変え再度口づけて、ふふ、と笑う。

「今年初だ」
「……まだ明けてねえんだろ」
「や、もう世間に合わせる。満足しました。付き合ってくれてありがとう、爆豪くん」

頬に唇が触れ、上機嫌の麗日は続けて額、鼻先、瞼とキスを重ねた。あまりにむず痒い。ヤメロと怒鳴る直前にそれは終わり、代わりにぎゅうと再び強く抱きついてきた。

「……ね、ベッド行こう、爆豪くん」
「……やりゃできんじゃねえか」
「だって嫌わんのやろ。早く早く」

そんでいっぱいちゅーして、いっぱい触ってよ。
角砂糖のような声だ、と思った。甘いものはあまり好きではないが、この声だけは別だ。擦り寄ってくる髪からも甘い香りが漂い、脳が侵されていくのを感じる。

ぎしり、ベッドのスプリングが鳴った。ゆっくりとシーツに下ろしてやれば、急かすような指が頬を滑る。唇に噛みつかれる。
それが合図だった。