文化祭準備の巻

「嫌よ!」

きっぱりとそう言い切る夏未の声が聞こえて、不動は何事かと教室を覗いた。夏未は女生徒に囲まれ、まあまあと宥められながら肩を怒らせている。まあまあ、雷門さん落ち着いて。どうどう。女生徒たちは笑いをこらえた表情で、一番先頭のおかっぱ頭は両手でなにかを持っている様子だ。
いじめにしては和やかすぎるし、なにかを強制するような雰囲気でもない。夏未は怒っているような困惑したような表情で、しかし眉は釣りあがっているから半々と言ったところだろうか。
もう一度嫌よと言ったところで、おかっぱ頭がそう言わずと食い下がった。

「どうしても! ね、お願い、雷門さん。雷門さんが着てくれたら、きっと売り上げ鰻登りなの!」
「そんなわけないでしょう、私ひとりで売り上げなんてそう変わりません。私はさっき言ったとおり、裏方で作業しますから」
「そんなあ…」

おかっぱ頭はがくりと肩を落とし、残念だなあと悲しげに呟く。両手に持っていたもので夏未から表情が見えないように隠し、鼻をすすってみせた。なるほど上手いな、と思う。狙い通り夏未は申し訳なさそうに少し表情を緩め、あのね、と慌てたようにおかっぱ頭に声をかけた。

「その、私が着たってきっと誰も喜ばないと思うのよ。それならあなたが着たほうがよっぽど似合うし…」
「…誰かが喜ぶなら着てくれるの?」
「えっ?!」

ちらりと目を覗かせて、上目遣いで訊ねるおかっぱ頭。自分で言い出した手前否定することもできず、夏未は多少引きつりながらも「そ、そうね」と答えた。
途端がばりと顔をあげ、目をらんらんと輝かせながら、おかっぱ頭がぐるりとこちらを向いた。

「不動くん聞いてた?!」
「…聞いてた」
「え?! ふ、不動くん!?」

教室に戻った不動に気づいていなかった夏未は面食らい、なぜここで呼ばれたのかなんとなく察しのついていた不動は平然と返事をした。
両手に持ったものをばさりと翻し、おかっぱ頭が叫ぶ。なんとなく、友人の妹を思い出した。

「どう思う?!」
「どうって」
「雷門さんに似合うと思うよね、このメイド服!」
「な、なにを言ってるの!」

慌てふためく夏未と、おかっぱ頭が持ったメイド服を見比べる。フリルのついたかわいらしい服と、顔を真っ赤にしたかわいらしい彼女。目が合うと泣きそうな顔をした。

「確実に似合う」
「ふ、不動くん!!」

夏未とは裏腹におかっぱ頭はご満悦だ。鬼の首をとったように畳み掛ける。

「着てほしいよね?!」
「そりゃまあ」
「喜ぶよね?!」
「当然」
「よし! だってさ、雷門さん!」

望んだ答えを手にいれて、おかっぱ頭は大喜びで夏未を振り返った。顔を真っ赤にして、あわあわと口を動かす夏未は往生際悪く「で、でも」と繰り返している。

「でも、でも、は、恥ずかしいし」
「不動くん喜ぶってよ? 彼氏が喜ぶところ見たくない?」
「かっ…?!」

ますます頬を赤くして、ついには黙って俯いてしまったのを見て、頃合いかと間に入った。訝しむ顔のおかっぱ頭は、両手にメイド服を握ったまま不動を見上げる。なによ、と目が語る。
後ろに庇った夏未が制服の裾を握った。助けてほしい、の意思表示。心の中で謝りながら言葉を紡ぐ。これを言ったら余計に恥ずかしいかもしれないが、突破口がこれしか見つからないので仕方が無い。ついでに言えば、これだけは言っておきたかった。

「確かに見たいけどさあ、他のやつに見せたくないんで、無しで」

途端、制服から手が離れて、次の瞬間背中に衝撃。愛する彼女の平手打ち。声にならない悲鳴をあげて、不動は背中をおさえてしゃがみこんだ。

「なにすんの!!」
「あなたは! 本当に! ばか!! 助けてくれるのかと思ったのに!!」

そんなふたりを囲むように、女生徒からきゃあきゃあと黄色い声が飛ぶ。ラブラブだねえとおかっぱ頭がいい、夏未にぎろりと睨まれた。

「…ッそういうことなので。私は裏方でよろしくて?」
「もちろん。あ、これあげるから今度着てあげなよ」
「結構よ!!」

一際大声で叫んで、夏未は肩を怒らせながら教室から出て行った。残された不動は女生徒に囲まれうずくまったままだ。

「雷門さん、めちゃくちゃかわいいわね」
「…自慢の彼女ですんで」

おかっぱ頭にそう返事をして、のろのろと立ち上がる。お幸せにーと背中に声を受けながら、夏未を追って教室を出た。