夢に見たのは緑色の、どこまでも続くフィールドだった。おれはそこで夢中になってボールを追いかけている。ときおり風がぴゅう、と吹いて、髪で隠した左目が外気に晒されるのを感じる。周りにひとがいなかったからそれを気にすることもなく、おれはただ、ひたすらにボールを蹴った。
「倉間」
名前を呼ばれ、振り向く。一際強い風が吹いて咄嗟に左目を押さえた。空気に押されたボールが転がって行き、その先には見覚えのある紫の髪。
ボールが移動するほどの、ユニフォームの裾がばさばさ喧しくなるほどの強風なのに、なぜだか南沢さんの髪はまったく靡かない。いつも通り前髪をぱさりと揺らし、おれの目をじっと見る。真っ白い指がおれの左目を指す。
「見せて」
「……いやです」
返事をすると露骨に悲しそうな顔をした。くらま、とくちびるが動いた気がするが、風にかき消されて聞こえない。
一歩、二歩。南沢さんが近寄ってくる。ボールはどこかに転がって行ってしまったらしく、どこにも見当たらなかった。
三歩。手を伸ばせば届く距離になって彼の足が止まった。頬に指先が触れた。ひんやりと冷たい。驚いて飛びのこうとしたけれど、なにかに縫いとめられたように足が動かなかった。
「見せて」
今度はしっかりと声が聞こえた。南沢さんの顔はおれのすぐ目の前にある。額を合わせ、左目を覆う指に冷たい手が重なった。そのとき、なぜだかまあいいか、と思ってしまって、おれは両手をおろし、南沢さんのユニフォームを握った。
南沢さんがにんまりと、満足げに笑う。つられて笑うと、南沢さんはおれの顔を包み込むように持って、くちびるを押しつけた。
○
「へんなゆめみた」
起床と同時に不機嫌に顔をしかめ、倉間が言う。がしがしと頭を掻き、そのせいで普段は隠れている左目が覗いた。
「どんな」
「あんたがいた。……夢にまで出てくるのやめて貰えませんかね」
「そりゃ悪かった」
素直に頷いてやると、八つ当たりの自覚はあったらしい。倉間が眉間の皺を深くする。ああクソ悔しい、と悪態をついたのに、愛おしくなって左目にキスをした。
途端に倉間が目を見開いた。ぽかんと口を開け、俺を見上げる。その表情の理由がわからず首を傾げると、どこか切迫した声で、「もう一回」とねだられた。
「もう一回。南沢さん、いまのもう一回」
「え、……な、なんでいきなり」
「いいから!」
「はい」
勢いに押されてもう一度。ねだられてのキスはどこか気恥ずかしい。押しつけてすぐに離れると、蛇に似た左目がぱちりと開いてこちらを見た。どこか睨みつけるような視線。
「え?」
ねだったのはお前だろう、睨まれる所以はどこにあるのだ。呆気に取られているうちに素早く肩を持ってキスをされ、そのまま押し倒された。色々と突然すぎてわけがわからず、混乱する頭で押し返す。
「ちょっ……なに?!」
「あんた本当めんどくさい!」
「唐突すぎてマジでわからん!」
確かに面倒な性格だと、多少自覚はあるがしかし、起き抜けに罵倒されるほどではない。
抗議の意味を込めて睨みつける。額を合わせた倉間は一度、瞼を硬く閉じたあと、ゆっくり開いた。
「おれ、隠し事とかしますけど、べつにあんたが不安になるようなことじゃねえし」
ため息まじりの言葉にどきりとする。なぜそれを、と聞く前に口を塞がれて、服の内側に侵入してきた指に不安ごとすべて忘れさせられた。