「だめですか?」
首を傾げてひとこと。いままで何度その威力に流されたかもわからないが、今回ばかりは譲るわけにいかなかった。
「だめだ」
「どうして」
「風邪ひいてるから」
両手を前にかざして拒否のジェスチャー、にも関わらず距離を詰められて後ずさる。相手の口を塞いだ手で押し返し、出来るだけ距離をとってから叫んだ。
「盛ってんじゃねーよ! どけ!」
「さかっ……キスがしたいだけで!!」
「盛ってんじゃねーか!!」
言うや否や咳き込んで、慌てた剣城に背を撫でられる。大丈夫ですか? ああ悪い。顔をあげるとすぐ目前に琥珀色。二秒ほど目を合わせてから剣城が睫毛を伏せ、つられてこちらも顔を寄せそうになったのを理性でおさえつけた。
「うつるだろ、だめだ」
「でも今しそうに」
「なってない! 」
「先輩」
肩をつかむ指先にやけに優しく触られて、ぞくりと背筋をなにかが走った。やめろ。音にする前に伸びてくる手が阻止した。
「……っ、おい剣城、」
「黙って」
首にするりと巻きついて、刈り上げたうなじをさすられて。あるはずだった抵抗の術は霧散して消えた。
重なった唇が離れるのを引き寄せる。深く合わせて舌を絡ませ、しばらくそうしてから解放する。
「……知らねえからな」
「先輩のなら、よろこんで」
「バカ」
満足そうに笑う剣城の額を指で弾く。途端に寄った眉間にキスをして、飯にするぞと立ち上がった。
翌日剣城は見事風邪を引き、さらに翌日熱を出して講義を休む羽目になる。それでも後悔はしていないと話す恋人があまりにかわいかったから、再び額を弾いてやった。