幸せ方法論

ちゅ、と音を立ててされたキスに、驚きすぎてしばらく声が出なかった。ソファに座って話している最中の出来事だった。

「お前驚きすぎ」
「い、いや……だっていきなり」

そんな雰囲気でもなかったのに、キスをされるなんて誰が思うのか。夕飯の相談をしていただけなのに突然。色気より食い気が優勢だったはずだ。

「したくなったから」
「突然すぎますよ……」
「シチュー、って言うときのさあ、くちが」

ソファに座り直し、倉間先輩は言う。晩御飯はシチューにしましょうか、のシチューに反応したらしい。わけがわからないまま、シチュー、と呟いてみると再び顔が近づいて、口付けてから離れて行く。呆れて見つめてやればなんとも言えない顔をされた。

「……だってかわいーんだもんよー」

「俺、先輩のツボがいまいちわかりません」

言い訳にもなっていない言葉に、努めて冷静に返事をした。

「シチューだぞ、シチュー。シチュー」

それから何度も繰り返しシチューシチューと言うものだから、シチューがなんなのかそろそろわからなくなってきた。やめてくださいと言おうとしたとき、正面に回ってきた先輩の口がシチューと動き、そのままの形で留まる。少し不機嫌に、眉を寄せて唇を尖らせた顔。

「…………」

軽く身を起こして額をつける。目を閉じられたのでそれにならい、キスをしてからそっと離れた。

「な」

得意げに微笑んだのが、格好いいやら悔しいやら。

「……えい」

とにかく腹が立ったので、勢いよく抱きついて押し倒す。その状態で脇腹をくすぐった。

「ちょ、ばかやめっうは、はははっやめろ!」
「楽しいから嫌です」
「っこの!」
「!? うわ、やめ……ッう、」

あははは! 反撃を食らって思い切り笑う。大学の先輩から貰い受けたソファがぎしぎし鳴った。おりゃあとかなんとかいいながら倉間先輩が倒れこんできて、なんとか持ちこたえようとするが笑いすぎて力が入らない。あっけなく形成逆転を許し、馬乗りになられてくすぐり攻撃を続行される。

「やめ、ふはっ! せんぱ、ひい、やめて、」
「楽しいからヤダ!」
「バカ!!」
「んだとオラ!!」

息が苦しくなってきたところで追い打ち、マジでやめろと振り絞ってなんとか解放される。ぜえはあと肩で息をして、目の前の彼をひと睨み。楽しそうに笑う顔を見て、腹立たしいが敵わないのだと悟る。

「……夕飯、シチューでいいですか」
「おう。手伝う」

キスをひとつ、自分から。
敵わないなら従った方が簡単で、幸せだ。