生活の改善が必要です1

もしもおれが女だったら、おおっぴらにこいつと一緒にいられただろうか。
なんてことを、昔はしょっちゅう考えた。

 

 

テレビを眺める顔をこっそりと覗き見て、好きだなあと思う。ばかみたいに何度も繰り返してきたが一度も言葉にしたことはない。できるのはせいぜい、折りたたんだ足に、何気なさを装って触れることだけだ。

「ゴミついてた」

不思議そうな顔でこちらを見るのにそう返事をすれば、そうですか、と視線はまたテレビへ向かう。おれも同じ方を向くだけ向いて、意識は全部となりに向かっていた。体温を感じるか感じないかの微妙な距離感。生殺し。ふと頭をよぎった言葉を、目を閉じて追いやった。
たまたまお互い講義は一コマ。暇で仕方がなかったから、一緒に試合の中継でも見ないかと誘ったのはおれのほうだった。暇だったのは本当で、自ら死地に向かったことに気づいたのは剣城がうちに来てすぐのこと。一人暮らしの安くて狭い部屋に二人きり、それも相手はずっと会っていなかった片思いの相手だ。
再会したのはついこの間だった。食料を求めて行ったスーパーで偶然。これでもかとカップ麺が詰められたカゴを持った剣城は、驚いたあと嬉しそうに笑った。あのときこいつが笑いさえしなければ、延々引きずってきたものに気づかずにいられたのではないか、と思う。

「いまの。ファールすれすれでしたね」
「あー、そうだな。あの選手結構そういうことする」

画面に映るフィールドを、選手たちが駆けていく。それを追う瞳をちらりと見やってから、気づかれないように息を吐く。なんだってこの狭いソファにふたりして座っているのやら。できるだけ近くにいたいがそれで追い込まれては仕方がない。そろそろ限界だ。ずるずる滑って床におりようと、背もたれに体重を預けて、からだの力を抜いた、そのとき。

「…………つ、るぎ?」

ぼすり。肩に乗ったのは白い頬。瞳はもうテレビに向いておらず、代わりに驚いたおれのまぬけな顔が映っている。眠いのか、眠いんだろうな、じゃなけりゃこんなことする理由がない、だってコイビトでもあるまいし。混乱しきって固まったまま、なにも言わないおれを視界から外して、おなじく黙ったままだった剣城が口を開く。

「……倉間先輩」
「お、おう」
「今日だけ許してくれますか」
「なにを」
「全部」

全部ってなんだ。聞く前に剣城が体を寄せてくる。待て待て待て、どういうことだ、なんのつもりだ。

「明日になったら、俺ごと忘れてください」

指が絡む。強く握られる。冷たい。のに湿っていて、これは、もしかして緊張しているのか。顔は蒼白ともとれる色で、目元も口元も柔らかい。先輩あたたかいですねなんて、そんな顔で、言うものじゃ。
テレビの音もフィールドも、とっくに見えてはいなかった。そもそも剣城が横に座ったときからそんなもの。

「剣城」
「……はい」

怒られると思ったのか、気持ちが悪いと罵られると思ったのか。指が外れてすり寄ってきた体温も消えた。表情は膝に埋まって見えない。

「……剣城」

耳に触れる。そのまま首に指を滑らせ、びくりと震えて顔を上げたところを抱き寄せた。体勢を崩した剣城は全体重をおれに預けて、さすがに重たかったが構わず腕に力を込める。一瞬遅れて剣城が肩を押し返した。

「っせ、せんぱ」
「おれさ」

逃がしてたまるか、やっと捕まえたのだ。肩に鼻先をうずめて、なにか言おうとするのを遮った。

「ずっとこうしたかったよ」

これだけで伝わるだろうか。伝わっただろうか。
押す力が緩む。置くだけになった手のひらはあたたかくて、腕を緩めると剣城が顔を上げた。

「……ひでー顔」
「っ、先輩のせいでしょう」

ぼろぼろ零れるのを袖で拭ってやる。鼻をすすりながら、震えた声で剣城が言う。

「……先輩、すきです。まえからずっと」
「おれも。中学んときから、お前と一緒にいたかった」

おれの声も心なしか震えて、「ひどい顔ですね」と剣城が笑う。

「お互い様だろ」

顔を両手で包んでやる。額を合わせて視線を交わし、破顔した剣城は「ゆめみたいだ」と呟いた。