野良に咬まれりゃ食われて終わり

扇風機と睨み合い、暑い、暑いと喚く後ろでエアコンのスイッチを入れる。節電が。うるせえ死にてえのか。麦茶を手渡すときょとんとして、氷がからんと鳴ったあと、溶けそうな顔で笑った。
 
 
 
今年の夏はすこぶる暑い。猛暑だ酷暑だとニュースで騒ぎ、熱中症患者はわんさと湧いて、少数ながらヒーローすらも倒れる始末。
つい先日、倒れかけたヒーローに水を浴びせかけ、口に経口補水液をねじ込み、死ぬなら事務所に帰って死ねと命じたことを思い出す。死にそうな顔でペットボトルを手に、あのクソは笑った。それだけでも胸糞悪いが、さらに最悪なことにネットニュースで取り上げられた。見たよと笑う麗日はやけに嬉しげだが、こちらは全くもって不愉快で、腹が立つ一方だった。
 
「デクくんのこと助けたんやってね」
「助けてねえ、めんどくせえから帰って死ねっつっただけだ!」
「んふふふ、そうやねえ、ふふ」
「笑うなや!!」
 
エアコンが効き始めた室内で、大の字に寝そべりながら見上げてくる。その頭のすぐ近くに腰を下ろした。
 
「知っとる? 轟くん、しばらく炎使用禁止やって。身体から一気に水分とんで危ないから」
「アホに聞いた。かき氷屋やってんだろ」
「評判ええらしいよ。イケメンヒーローかき氷とかいって、上鳴くんが店員やっとって……爆豪くんも派遣しようかーって聞いたら、バクゴー来たら女の子減るからいい! ってさ」
「勝手に話進めてんじゃねえ!」
 
汗が伝う。シャツで拭った。麗日の汗はもう引いたようだが、ベタつきが気になるのか時折首に触れていた。
 
「……爆豪くんもさ、気をつけてね。脱水しそう」
 
生返事で返し、腕を伸ばした。麦茶を一口飲み込んで、寝そべる麗日のタンクトップに指を引っ掛ける。気まずそうに逸らされた瞳には構わず、軽く上に引くと呻き声が上がった。
 
「ううううう、こうなりそうな流れやったからごまかしとったのに」
 
鎖骨に触れる。びくりとはねた。
氷だけ残したグラスが二つ並ぶ。ベタついた肌に指が吸い付く。
 
「嫌ならしねえ」
「……嫌じゃないのが問題なんよ……」
 
かがみこんでキスをする。少し短い呼吸のあと、観念したのか、赤い顔で勢いよく起き上がった。その勢いを残したまま、振り返りこちらへ向かってくる。
 
「でりゃっ」
 
遠慮なしに押し倒され、抵抗なしに受け入れた。されるがままは嫌だと楽しげに微笑む。身体を抱き返すと、細さと柔らかさに目が眩んだ。
 
「……手が早すぎやしませんか」
「今更言うか」
 
裾を捲りあげて肌に触れる。部屋を冷やして水分を摂って、段階を踏めと言うのならいくつか既に踏んでいるのだ。だというのに、これ以上待てるかと言うものを、平気で待たせるのがこの女だった。
 
「ね、三十秒でええからこのままぎゅーっと」
「十」
「二十五!」
「十五」
「四十!」
「増やすなやァ!」
 
回した腕で締め付ける。麗日は苦しいと呻きながら笑っていた。視界の隅の秒針が二から四に移動したのを確認して、一度身体を離した。
 
「わーー?! し、下降ろす普通?!」
「めんどくせえな、全部脱げ」
 
暑いから、忙しいからと、なかなか触れる機会がなかったこの頃だ。身体を覆う布一枚が腹立たしい。タンクトップに手をかければ、諦めたのか大人しく腕を上げた。
 
「…………次」
「あ?」
「次、爆豪くんね」
「は?」
「ほら、ばんざーい!」
 
Tシャツの裾を掴み、下着姿で見上げてくる。脱がされろと言うらしい。自分でしたほうが確実に早いが、脱がされたことが余程悔しかったのか、絶対に譲らないとその目が語った。
舌打ちを一つ。降参のポーズ。途端に笑顔になり、雑にシャツを捲られた。襟が首に引っかかる。あれ、などと呟く声を苛立ちながら聞き、ようやく頭が抜けたところで首を振った。
その様子を眺めていた丸い瞳と目が合う。
 
「……ンだよ」
「前から思ってたんやけど……爆豪くんてさ、動物っぽいよね。野生じゃないけど野生っぽいっていうか、なんやろ……あっ野良! 野良犬!」
 
この前動画で見た、風呂上がりのわんこに似てた!
 
元気よく楽しげに満面の笑みで言う。びきりとこめかみが音を立てた気がする。麗日が掴んだままだったシャツを取り上げ放り投げ、額を額に押し付けた。
 
「野良犬に手ェ出して、噛まれねえとでも思ったか」
 
まずいことを口走ったと、そこでやっと気がついたらしいがもう遅い。待ってと言いかけた唇に噛み付く。野良犬が言うことを聞くものか。ついでにそのまま組み敷いて、今日は泣くまで抱き潰すと決めた。