夜明けの笑みに徒然

薄くもやがかかったような意識は、目の前の光景に霧散した。目を見開いて数秒、規則的な呼吸音を聞いて、昨夜のことを思い出す。帰るのが面倒だから泊まりたいと言い出したので、じゃあ一晩抱き枕でもしてろ、と適当に言ったことを実行されたのだ。
暖かくなり始めた気温も、早朝はまだ冷え込む。寒そうに体を縮めた女に毛布をかけ直した。ついでに抱き直すと、満足げに頬が緩む。油断し過ぎだろうと思うが、自分の腕の中で起きていることなので、文句を言う気にはならない。
 
「……まぬけづら」
 
声が掠れていた。喉は水を欲していたが、どうでもいいな、と思った。
カーテンの隙間から、柔らかい光が差し込んでいる。自分で閉めたなら隙間を作るはずがないので、おそらく麗日が閉めたのだろう。
光はシーツの表面をなぞって、麗日の頬とそこに触れる自分の指を照らした。指の腹は白い肌に埋まっている。彼女はどこもかしこも柔らかいので、初めは自分の身体との違いにひどく驚いたことを思い出していた。
 
「……」
 
ゆっくりと瞼が開く。茶色い瞳はとろけて、ぼんやりとこちらを見た。まだ眠たいのだろう、目を開ききらないまま、ふ、と息を吐いた。
 
「おはよ……」
 
麗日お茶子に、心臓を掴まれている。
 
誰にも言ったことは無いが、爆豪はそう自負していた。ただ存在するだけで鼓動を早めてくるような相手を、この女以外には知らなかった。どくり、強くはやく、血液が送られていくのを感じる。衝動的に彼女を抱きしめながら、二度寝を始めたらしい吐息を耳元で聞いた。冷たい空気の下、腕の中で、布越しに感じる体温は一層暖かく感じる。
なるほど、と思った。恋人を作る、夫婦になる、そんな選択をとる理由を、このとき初めて本当に理解した気がした。
 
「……悪くねえ」
 
毎朝これがある生活は、悪くない。どころか最善と言える気すらする。
 
さてどうすれば得られるものか。同棲か結婚か、爆豪としてはどちらでも構わないのだが、恐らく麗日はそうはいかないだろう。いっそ二択で切り出してみるかと思案する間、腕の中の生き物はすうすうと幸せそうに眠るばかりだ。
 
今のうちに堪能させてやろう、と思った。慌てふためく様が浮かんで口元が緩む。別段急ぐことでもない、否、急ぎだ。火急速やかに、毎朝のこれを確定させなくては気が済まない。いっそ今すぐ叩き起してやろうかとも考えたが、それでは本末転倒だと振り払った。
 
いつもの調子なら、あと一時間は目を覚まさないだろう。放ったらかしで活動し始めることはできるが、何故か今日に限っては、そんな気分にはなれなかった。これを残して動くのは惜しいと感じてしまった。
腹立たしくむず痒い。麗日が起きていたなら、なんで嬉しそうなのに眉間バッキバキなん、とでも言いながら笑うのだろう。誰のせいだと思っていやがる。悔しいが、全てこの野郎のせいなのだ。
 
改めて腕の中のものを抱き直して、目を閉じる。二度寝をするには覚醒しきったかと思ったが、微かに聞こえる寝息に手を引かれ、あっさり眠れてしまった。
 
 
 
 
 
 
「同棲か結婚かどっちだ」
 
起きるなり寝ぼけ眼で爆豪は言って、
 
「………………ひとまずは同棲かなあ」
 
麗日もやはり寝ぼけていたので、以前からぼんやり考えていたことを、ぼんやりと返してしまった。
 
 
 
朝食をとりつつ詳しく話を詰めていく。いつから始めるか、場所はどうするか、淡々と決まっていく中でふと、爆豪が言い出した。
 
「ひとまず、以降も考えてんのか」
「へ?……えっと、考えとるよ」
 
当たり前やん、と返す。どうして唐突に同棲か結婚か、なんて言い出したのかはわからないが、爆豪が言わなければ自分が持ちかけていただろうと麗日は思った。帰るのが面倒になったなんて、適当な言い訳で泊まるくらいには、いつも離れることを惜しんでいた。
 
平気なつもりで返したが顔が熱くなってきて、言葉も少ししどろもどろになってしまった。格好つけたはいいものの、やはり身体がついていかない。爆豪のようにはいかないものだと、火照る頬を抑える。息をついて、ふと、爆豪が黙ってしまったことに気がついた。
朝食から顔を上げる。まじまじと彼を見て、麗日は笑い声を上げた。
 
「あは、なんで嬉しそうなのに眉間バッキバキなん?!」
「あ?! 嬉しくねえわ!」
「嘘やあ、私わかるもん! ぶふ、あははは! もーあかん、爆豪くんかわいい!」
 
なにやら続けて怒鳴られたが、そんな顔で言われても、やはりかわいいと思うしかないのだ。口元が緩んだわけでも、目尻が下がったわけでもないけど、嬉しそうなことはわかってしまう。わかってしまうから一緒にいる。
 
かっこいいひとだとは思っていた。かわいいひとだとは、付き合い始めてから知った。それを幸福だと思う自分がいることも知ってしまったから、なんとも離れがたいのだ。離れるつもりなんてさらさらないけれど。
 
「ふふ、んふふ、これからもよろしくね、爆豪くん」
「クッソムカつく……」
 
言いつつも、麗日が手を伸ばすと握手に応じる。やっぱり嬉しいんやん、と言葉は飲み込んで笑った。