乙女の告白

「笑わないでちょうだいね」

二人で映画を見た帰り道。余韻で目元を赤くして、夏未は言った。

よくある物語だった。病気がちな男と女が愛を深めあい、最後には死別。残った方は死んだ相手を想い続けながら生きていく、ありがちなラブストーリー。不動にはつまらないとしか思えなかったが、それでも夏未の涙腺を緩めるには充分で、ラストシーンからはらはらと涙を流していた。

「私ね。小さい頃からずっと、お嫁さんになりたいって思っているの。私の夢よ」
「いいんじゃねえの、女子らしくて」
「そうかしら」

かつん、夏未が足元の石を蹴った。めずらしい。

「だからね、今日の映画は悲しかったわ。あの男のひとが生きていたら、女の子もお嫁さんになれたのよね」

そう話す夏未はまさに乙女だった。箱入りで育ったお嬢様にはどうも、恋愛に関しては夢見がちな部分がある。

吹き抜ける風が冷たい。風邪でも引かれたら困る、早くどこかのファミレスにでも入ってしまおう。足を早めると夏未も小走りでついてきた。
夏未はいつも、不動の半歩後ろを歩く。不動のほうが歩幅が大きいからというのもあるが、どうもその位置の居心地がいいらしい。二人で歩くときの定位置になっていた。
軽く後ろを振り返る。
結婚。夏未が結婚すればこの半歩分の距離は一気に広がって、もう縮むことはないのだろう。
目が合うと夏未は不思議そうに首を傾けた。

「……だれの」
「え?」
「だれの嫁にいくわけ」

立ち止まって踵を軸に半回転。正面から向かい合ったのは久しぶりな気がする。まっすぐな瞳と、赤い頬がまぶしかった。
数回まばたきをして、長い睫を濡らして、夏未はなにかを決意したようだった。唇の動きに不動はじっと見とれた。

「……不動くん」
「……なんだよ」
「だから、不動くん」
「なにかって」
「……っもう! あなたが聞いたのよ!」

今度は不動が首を傾げる番だった。なにが? 尋ねるまえに夏未は早足で歩き出してしまう。
不動はその場に留まったまま、言葉の意味を考えて、

(あなたが聞いたのよ!)

(だれの嫁にいくわけ)

(……不動くん)

「……あ」

捕まえてくれというように揺れる、亜麻色の髪を追いかけた。