生活の改善が必要です 2

倉間先輩と再会した翌日の夜。一人暮らしの安アパートの一室に、なぜだか先輩とふたりきりでいた。
狭苦しいキッチンに立つのはかつて十一番を背負った背中。じゅう、とフライパンが鳴く音と、先輩の鼻歌が部屋に響く。
どうしてこんなことになったのだろう。ずっと好きだった、いままで忘れたこともなかった片思いの相手が、自分の家のキッチンで、自分のために腕を振るっている。本来なら喜ぶべきことだが、こうなった理由が理由なだけに喜べない。
原因はあのとき持っていた、カゴいっぱいのカップ麺だった。しばらくぶりの挨拶もそこそこに、カゴを覗き込んだ倉間先輩は顔をしかめて、しばし考え込んだあと言った。

「今日のぶんだけ買え。明日は作ってやる」
「……は」
「家、ここの近くだろ。行くから」

倉間先輩は料理ができるらしい。そして明日、自分のために作ってくれるらしい。ぶっきらぼうに言われたことを頭の中で整理して、理解したのは三秒後。慌てて「いえ、大丈夫です」と発するも、

「これで大丈夫とか言われても説得力ねーよ。お前な、これ霧野よりひでえぞ」

……言われてしまえば返す言葉もない。
結局その場で連絡先を交換して、翌日。出会ったスーパーで待ち合わせてから先輩を連れて我が家へ向かい、いまに至る。
つまり原因は自分の食生活に関する不摂生。呆れた先輩が世話を焼きにきてくれた、というわけだ。

「一人暮らし始めてからずっとアレかよ」
「まあ……はい。ほとんど」
「つくってくれる彼女とかいねーの?」
「特には。申し出てくれるひとはいますけど、断ってます」

だって俺が好きなのは。言わずにぐっと飲み込む。あなたです。ずっと忘れられないくらい大好きなんです。

「っはーさすがはエース殿。ほら、できたぞ」

目の前に出されたのはふたりぶんのオムライス。ひとつは俺の目の前に、もうひとつは向かいの席にごとりと音を立てて置かれた。ケチャップはすでにかけられている。

「……これ」
「おれとお前っつったら、これだろ」
「…………」

赤い文字で大きく書かれたのは数字の10。向かいのもうひとつには11。その奥にはへらりと笑った初恋の人。
また会えただけでも充分だった。二度目があるなんて考えもしなかった。会わないまま忘れられて、想い続けながら暮らしていくのだと、そればかり。
けれど忘れられてなんかいなかった。それどころか彼の中でも大切な思い出になっている。
だめだ、期待してしまう、こんなのは。
つんと鼻の奥が痛む。堪えて手を合わせる。

「いただきます」
「おう」

スプーンで卵を崩し、すくって口に運ぶ。久々の手料理で、それも倉間先輩が作ったものなのだから美味しくないはずがない。だがそれを抜きにしても格別な味がした。

「……おいしいです」
「そりゃよかった」

笑った顔がもはや見れず、黙々とオムライスを口に運ぶ。嬉しそうににこにことしていた先輩は、いただきまーすと手を打って食べ始めた。時折その様子を盗み見る。以前から気持ちよく食べていくひとだと思っていたけれど、それは今でも変わらないようだ。……気を抜くと見惚れてしまいそうだったので、とにかく食べることに専念することにした。

 

 

食べ終わったのはほぼ同時。後片付けまでしようとする先輩をどうにか止めた。

「じゃ、やることあるし帰るわ」

片付けをするくらいなら話がしたかったというのが本音だったが、レポートがあると言われればどうしようもない。諦めて帰り支度を整える彼を見守った。玄関までついて行き、靴を履いて振り返った先輩はへらりと笑った。

「また作ってやるよ」
「え」

他意はないのだろう。わかっている。ただの親切心だ。俺がどれだけ喜ぶかなんて考えてもいないのだ。「二人分作るのもそう変わらねえし」と続けて、さらに「決まりな」なんて勝手に決めて。

意地悪なひとだ。ひとの気も知らないで。

「……よろしくお願いします」

拒否の言葉なんて出るはずもない。手のかかる後輩でもいい、先輩と一緒にいたかった。

じゃあまた今度、とアバウトな約束をして立ち去った彼を想い、ため息をつく。この気持ちが知られたら、どう思われるのだろうか。怖くてそっと目を閉じた。
いつか伝える日が来るのだろうか。来なくていい、このままで。