目を合わせて、どうぞ

帰らないで。
そう聞こえたのはきっと間違いではない。振り向くとそこには俯いて真っ赤に染まった剣城がいて、伸ばしかけた手をゆっくり下ろすところだった。

「……なんで?」
「……なん、でって」

声が震えて聞き取りづらい。履きかけた靴を放り出して詰め寄る。目の前に瞳を寄せて、問答無用で顔をあげさせた。それでも泳ぐ瞳は、照れからくるものか、それとも別のものか。わかりきっているのにわからないふりをするから、意地が悪いとなじられるのだろうか。

「剣城、こっち見ろ。なんで」
「……先輩」
「うん?」
「倉間、先輩」

下ろしたはずの手で服の裾を掴まれる。額を合わせて真正面、欲を孕む瞳がぎらつくのがよく見えた。

「セックスがしたい、です」

だから帰らないでください。聞こえるか聞こえないかの瀬戸際、確かに耳に飛び込んだのは紛れもない、率直すぎる誘い文句。わかったと返したのか、おれもしたいと返したのか。いまいちよく覚えてはいないが、その場で唇に噛み付いたことだけは確実だ。