貰い続けて今に至る。

「爆豪くん、なんか欲しい物ある?」
「トップの座」
「それは勝手にとってくるやん。他! 私が用意できるもので!」

食料品の買い出しに出かけたその帰り道、お茶子は唐突にそんなことを言い出した。誕生日が近いわけでもない、クリスマスも当分先の、九月。なにか記念日でもあったかと考えるが特には思い当たらないし、そういうものに疎い彼女が覚えているとは思えない。

「……何考えてやがる」

なんとなく不気味に思って、勝己は引き気味にそう返した。その反応が不服だったらしく、お茶子は眉間に皺を寄せる。

「そんな気味悪がらんでもええやん。……爆豪くん、いっつも私に色々してくれるから、お返ししたいなって思っただけ」

空いた方の手でその眉間を常の状態に戻す。また馬鹿が馬鹿考えやがって。呆れて親指に力を込めると、もういいから、戻ったから、と手の下で喚く声がした。
買物袋はお互いがひとつずつ持っている。筋トレ代わりにと重い方の袋をお茶子が持ちたがったので、勝己が持つ袋には食パンや軽いものばかり入っていた。この程度で何が筋トレだと思いはしたが、恐らくはこれも「お返し」の一貫だったのだろう。

「私より自分の眉間伸ばしなよ。すごいことになっとるよ」
「うるせえ触んな!」
「自分は無遠慮にぐりぐり触っといて、それは通用せんなあ爆豪くん!」

伸びてきた手が額に触れる。肉球の感触が居心地悪く、首を振って振り払った。動物みたいな避け方するな、という軽口には歩みを早めることで返す。
小走りで追ってきたお茶子は、待てと言うわけでもなく「それで」と続きを促した。

「それで、なんか欲しい物ないん? 私が用意できるような……して欲しいこととかでもいいし! 私、なんでもするよ!」
「テメエにできることなんぞたかが知れてんだろ」
「またそういうこと言う! 嬉しいくせに!」
「嬉しくねえわ!!」

そうだ、嬉しくない。むず痒さや呆れのほうが遥かに勝っている。
無意識に元のペースに戻した歩調に、慣れた様子でお茶子は隣に並んだ。どことなく楽しげに、ステップを踏むように歩く横顔。軽やかな歩みは、一歩踏み出すごとに飛んでいきそうな錯覚を覚えさせる。

「……おい」
「ん? なんか思いついた?」

衝動だった。この女といるようになってーー否、その前からだ。彼女に出会ってから、わけのわからない衝動に襲われることが多々ある。触れたいだとか噛み付きたいだとか、叶うものから叶わないものまで数多くある弾みを、可能な限り飲み込んで過ごしてきた。
だがそれを、飲み下す必要がないと当の本人が言うのである。

先ほど彼女の眉間に伸ばした手を、今度は平を上に向けて差し出す。首を傾げ、あろうことか自分が持っていた袋をかけようとしたので、一発叩いてお茶子の左手を取った。

「……あの、爆豪くん?」
「なんでもするっつったのはテメエだろが」
「そりゃ言ったけど、私、肩たたきとかそういう……そういうものを想定、してて、ですね、」

目こそ向けてないものの、繋いだ手の感触から、お茶子が肩を震わせて笑っているのがわかる。腹立たしいが手を離す気にはならない。

「……爆豪くんて、たまにすっごいかわいいことするよね……」
「……ついに頭湧いたんか」
「いやいや、本当にさ。……ぶふ、手て……痛! 痛い!」
「調子乗んな握り殺す!!」
「照れんでよイタタタタ、もげるもげる指もげるから!!」

ギブ! ギブ! 叫びながら振り解こうと暴れるのに、個性は発動しないのだから大したものだ。
解けない程度に力を弱め、改めて引く。十歩歩く間、買い物袋が揺れる音だけが響いた。

「……やっぱりかわいいな、爆豪くん」
「テメエは懲りねえな」
「だって、爆豪くんは言わんとわかってくれないでしょ」

にまにまと笑う横顔は、なにかを察したと言わんばかりにこちらを見ている。お茶子のこういうところが厄介だと、勝己は思う。昔からそうだ。表に出さないでいるものを、意図しないところから的確に読み取ってくる。知られたくないものまで勝手に読んでくるのだから、こちらとしてはたまったものではない。

だがしかし、完全に理解しているわけではないのだ。
「なにか欲しい物があるか」などと言い出したのがその証拠だった。勝己の胸のうちを完璧に理解しているのであれば、そんな言葉が出てくるはずがない。

「ねえねえ、帰ったらマッサージしたげようか。肩とか腰とか」
「いらねえわ下手くそ」
「じゃあ明日の夜の料理当番代わる!」
「今日も明日もカレーだろ、代わるもクソもあるか!」
「ぐぬぬ……」

すぐ隣に、触れる距離に、お茶子がそこにいる。ころころと変わる表情を、作っているのは勝己との他愛のない会話だ。指先の温度は彼女のそれと混ざり合っていた。
それだけでよかった。甘ったるい思想に吐き気すらもよおすが、本当にそれだけで勝己は満足していた。欲しい物もして欲しいことも、他者から与えられるものに限っては、ただお茶子が隣にいるだけで満たされた。

「じゃあ明後日……は遅くなるから無理だし、ええと……来週! 来週木曜の晩御飯!」
「やなこった、忘れてインスタントになるのが目に見えてんだろが」
「前科があるだけに言い返せん……!」

二人分の食材、時折重なる足音、一つの影。ため息のひとつでも落ちそうになるのは、躍起になって「お返し」とやらを考える彼女に対する呆れからか、今後も満たされ続けていくのだろうことに対する安堵と不安か、はたまたその両方か。

その答えは、勝己だけが知っている。